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彫刻 > 近代彫刻の天才 佐藤玄々<朝山>
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近代彫刻の天才 佐藤玄々<朝山>


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近代彫刻の天才 佐藤玄々<朝山>
刊行 : 2018年10月
定価 : 2,484 (本体 : 2,300 円)
ISBN 978-4-7630-1829-8 C0071






生誕130年記念
横山大観に天才といわれた彫刻家
佐藤玄々<朝山>

巨大な天女から掌の鼠まで、その知られざる全貌


福島県相馬市出身の彫刻家佐藤玄々(朝山)は、抜群の写生力と官能性のある生命力、彫刻の枠を超えたスケールの大きい造形が特徴的な近代木彫の大家。
日本橋三越本店の正面玄関にある巨大な天女像や皇居のお堀にある和気清麻呂像で有名、大正から昭和にかけて、平櫛田中、石井鶴三、戸張孤雁、中原悌二郎らとともに活躍。
「宮彫師(みやぼりし)」としての日本伝統の彫刻と、「ブールデル」に学んだ西洋彫刻を融合し、近代彫刻として独自のスタイルを築く。
あの巨匠横山大観をして天才と言わしめた佐藤玄々(朝山)の、知られざる全貌がわかる初めての作品集。
歴史や神話を題材にした人物像、野菜や小動物などの木彫、ブロンズ作品は大小さまざま、温もりがあって魅力的。
日本橋三越本店の巨大な《天女(まごころ)》の1960年当時の貴重な制作記録写真や、修復に伴う3D撮影写真など、《天女》像を徹底解説。

<目次>
総論(福島県立美術館学芸員増渕鏡子氏)
一部 修業時代(清蔵)
二部 大正期 留学まで(朝山)
三部 昭和初期(朝山)
四部 戦中戦後(清蔵・玄々)
五部 天女像(玄々)
エッセイ(福島県立美術館木本館長)
エッセイ(田中美術館学芸員藤井明氏)
エッセイ(八ヶ岳美術館学芸員井上由理氏)
エッセイ(ポンピドゥーセンター研究員アレッサンドロ・ガッリッキオ氏)
エッセイ(宮城県立美術館学芸員土生和彦氏)
作品解説/年譜/文献目録/作品目録

著/佐藤玄々<朝山>

257×188mm 並製本 208頁(図版約150点)

【展覧会情報】
「生誕130年 佐藤玄々<朝山>展」
日時:2018年10月27日(土)〜2018年12月16日(日)
会場:福島県立美術館 ≫
日時:2019年1月12日(土)〜2019年2月24日(日)
会場:碧南市藤井達吉現代美術館 ≫
日時:2019年3月6日(水)〜2019年3月12日(火)
会場:日本橋三越本店 ≫
※本書は本展の公式図録兼書籍です。

◆佐藤玄々(朝山)(さとうげんげん/ちょうざん)
佐藤玄々(朝山)略歴                                
1888 福島県相馬郡(現・相馬市)中村に生まれる。本名清蔵。宮彫師であった父・伯父に木彫、伏見東洲に日本画を学ぶ。
1907 郷里を出て上京、朝輝と号して木彫を制作する。まもなく山崎朝雲に入門する。朝山と号し、大正2年に朝雲塾の年季を勤め上げる。
1914 再興日本美術院第一回展に《呪詛》を出品、平櫛田中、内藤伸、吉田白嶺とともに、日本美術院同人に推される。このころ日本美術院の研究所に住み、石井鶴三、戸張孤雁、中原悌二郎らと研鑽を積む。
1919 西洞みちのと結婚、大森馬込のアトリエに居住する。
1922 第9回院展に《木花咲耶姫》を出品する。日本美術院25周年記念の事業として、小林古徑、前田青邨とフランスに派遣される。
1923 保田龍門、清水多嘉示らとブールデルのアカデミー・グラン・ショミエールで学ぶ。翌年帰国。
1928 第15回院展に《牝猫》《冬眠》を出品する。
1931 第18回院展に《鷹》《白菜》《鳩》を出品する。
1935 改組帝国美術院展覧会の新会員に任命される。日本美術院より『朝山彫刻集』を刊行する。
1936 第1回帝国美術院展覧会に《八咫烏》を出品、政府買い上げとなる。のちに他の美術院の会員とともに、帝展会員の辞表を提出する。
1939 大日本護王会の皇紀2600年記念事業として《和気清麻呂像》の建立計画があり、朝倉文夫、北村西望、佐藤朝山が制作者の候補とされ、最終的に朝山の作品が選ばれる。作品の選定をめぐり師・山崎朝雲と対立、以後朝山の号は使用せず、本名・清蔵を名乗る。
1945 戦災に遭い、馬込のアトリエと住居が全焼する。《八咫烏》など多くの作品が焼失する。相馬郡佐須(現・飯舘村)の山津見神社、のち中村町新沼に疎開する。
1947 大坂眦膕阿両靴に応じ、相馬から兵庫県芦屋に移る。秋頃、玄々と号する。
1949 京都妙心寺塔頭大心院に居住する。
1951 三越の岩瀬英一郎社長と創立50周年記念像の制作を契約する。
1960 三越日本橋本展の《天女》像が完成する。
1963 大心院で死去する。享年75。










































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