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青春図會 河野鷹思初期作品集


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青春図會 河野鷹思初期作品集
2000年7月 発行:河野鷹思デザイン資料室(現:河野鷹思アーカイブ)
定価 : 19,800 円 (本体 : 18,000 円)
数量 


1930年代から日本のグラフィックデザインを牽引した河野鷹思の初期作品集!
(2000年刊。限定1,000部、在庫稀少。)


本書は、松竹キネマや日本工房などで活躍した河野鷹思の
1955年までの初期作品を集大成。
また、その活動を追った評伝も同時収録、
河野の、そしてデザインの青春時代を振り返る。



特製ケース付き

河野鷹思さんのポスターを町で見て、憧れたものだった。
ポスターは俳優座の≪町人貴族≫や≪ピクニック≫などのもの。ぼくは多摩美の学生。駅貼りを盗んだこともある。
当時たいていのグラフィック・デザイナーはイラストレーターを兼ねていたが、その比重の大小はあり、ぼくはイラストレーティブな要素の多い人たちの影響を受けた。当然河野さんの影響も。
その頃、『河野鷹思のデザイン』が刊行され、すぐ手に入れた。デザイナーの個人作品集はまだ珍しかった時代だ。その時点での近作が多く収められていたが、モノクロのページに小さく、1930年の映画ポスター≪淑女と髯≫があった。
映画好きでデザイナー志望の学生であるぼくは、これに大きなショックを受けた。ぼくが生まれる六年も前に、こんなにモダンな映画ポスターがあったのだから。
これをカラーで見たかったし、河野さんによる当時のほかの映画ポスターも見たかった。しかしなかなか果たせないでいた。

今回、河野さんの初期作品を集めた作品集が刊行され、その中で松竹キネマ時代の作品が多数見られることになった。
作品集のテスト刷りを見る機会を得て、初めて見るその時代の作品群に、ぼくは学生時代と同じように圧倒されたのだった。
時はアール・デコの時代。世界的な流行ではあったにしても、日本ではたいそう新鮮だったに違いない。しかも映画ポスターである。主演スタアを美しく、またカッコよく見せるのが当然の媒体の中で、きわめて前衛的、大胆かつお洒落な仕事であった。これが新人の社員デザイナーによるものなのだから、ますます驚きである。

当時新しかったというだけではない。その後映画産業がますます盛んになり、やがて斜陽を迎える歴史において、映画ポスターのほとんどは、きわめて保守的な、十年一日の如きデザインを繰り返している。
その中で河野さんの映画ポスターは燦然と異彩を放ち、今なお新鮮なのである。
当時の松竹の上層部に若き河野さんの仕事を認める人たちがいたことは想像できる。映画にとって、良き時代の、よき職場だったのだろう。
それにも増して、河野さんの新しいデザインで時代を変えようとする情熱が、いつまでも驚きを呼ぶ作品を生む原動力となったのだと思う。
―― 和田誠

<目次>
はじめに
1 波乱の幕開け
2 華やかなデビュー
3 夢と現実
4 戦争とデザイン
5 焼跡からの再起
あとがき
略年譜
主要参考文献
刊行によせて/アオイ・フーバー河野

著/河野鷹思
発行/河野鷹思デザイン資料室
監修・文/川畑直道

AB判変型 上製本 360頁(カラー図版218点、モノクロ図版145点)

オフィシャルホームページ
河野鷹思 OFFICIAL WEB ≫

美術学校を出てホヤホヤの青二才が手がけた映画広告が、どうしてこんなに凄いのか?
戦後グラフィックデザイン界の巨匠として知られる河野鷹思が、戦前の若き日々に手がけた”初期作品”は、いまの眼にも文句なく新しい!
―― 『芸術新潮』 2000年11月号より

伝統とモダン、日本と西洋を結ぶ「和製モダニズム」を確立したと言われる河野の色使い、書体、大胆な構図は、時にはカッコよく、時にはチャーミングにも見える。
その作品を見ていると、グラフィックデザインとはこんなに豊かなものであったかということをあらためて感じさせられる。
河野自身の活動はもちろんだが、日本のグラフィックデザインの”青春時代”を振り返る上でも貴重な資料となる一冊である。
―― 『ブレーン』 2000年9月号より


◆河野鷹思(こうのたかし)
1906年 東京神田生まれ。
1929年 東京美術学校(現、東京藝術大学)図案科を卒業松竹キネマに入社し、映画広告のデザインを担当。
1934年 名取洋之助が主宰する日本工房に参加。
1937年 パリ万国博覧会日本館の写真壁画デザイン。
1939年 サンフランシスコ万国博覧会日本館の写真壁画デザイン。
1941年 陸軍に徴用され、46年の帰国までジャワ島で従軍。
1951年 日本宣伝美術会(日賞美)の創設に参加。
1955年 グループ展「グラフィック55」に参加。
1957年 総合デザイン事務所「デスカ」設立。
1960年 世界デザイン会議(東京)の実行委員。
1961年 AGI日本代表として第4回ミラノAGI展に参加。ポスター〈淡交〉がニューヨーク近代美術館に永久保存。
1964年 第18回オリンピック東京大会のデザイン委員。
1966年 愛知県立芸術大学の創設に参加、同校教授に就任。
1967年 第11回冬季オリンピック札幌大会公式ポスターのデザイン。個展「河野鷹思のさかな展」開催。
1968年 ポーランド国際ポスタービエンナーレの国際審査委員長。
1970年 日本万国博覧会(大阪)日本政府館の展示設計。
1983年 ロイヤルデザイナー・フォア・インダストリー会員(英国王室芸術協会)。
1984年 愛知県立芸術大学学長に就任。
1986年 東京アートディレクターズクラブ「Hall of Fame」に選出される。
1992年 勲三等瑞宝章、受草。
1999年 永眠、享年93歳。










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