Q 展覧会「身体のゆくえ∞インフィニティー」について、ご説明ください。
 「1・9・4・7」からスタートしています。今回は、「1・9・4・7」はやはり手と足のイメージがすごく強いのですが、今回の「1・9・4・7」は、実は顔です。10人の女の顔写真を飾ってあって、行くと迎えてくれます。こちらが40歳のときで、こちらが10年経った50歳のときに撮ったものです。先ほど言ったように、私自身は「記録」という意味では全く興味がなくて、ただ、10年経って、もう一回撮ろうという気になったんですね。それはなぜかというと、実は、この10年間で女が2人亡くなっているんですね。2人亡くなった女が、一番親しい女だったわけ。だから、すごく親しい女が2人死んでしまったということを、私はいったいどうやって考えていいかわからなくて、今回、実は、このように対にして展示するのは初めてです。いままで、わりと40歳の固まりと、50歳の固まりで展示していましたが、今回初めて対で、このようにして、(編集部注:同じ人物の十年前と十年後を)一枚の写真として見せています。見えてきたことは、結局、同い年の女を2人亡くしたということで、やっと、2人の女の死を自分で受け止めることができたなと。それがメインですよね。今回カタログの帯に「喪失と悲しみ」と書いてありますが、実は、「身体のゆくえ」というのを平たく言ってしまえば「死」なんですよ。そう言ってしまうと実も蓋もないから、あまり言いたくないけれども、それに至る1つのプロセスとして、「1・9・4・7」の手と足、顔写真から始まって、今回初めて発表する、この表紙の写真ですね。これは何かというと、トランスジェンダーです。単なる男と女のカップルだと思うけれども、逆なんですね。男の人は昔女で、女の人は昔男なんですね。そういうカップルとたまたま出会って、今回、「身体のゆくえ」の1つの新しいテーマとした、トランスジェンダーですね。なぜかというと、要するに、彼女は自分のお尻のお肉を取ってペニスをつくった。彼はペニスを切った。要するに、自ら傷をつけて体を改造しているわけです。そういう生き方というのは、なんかすごく重い感じがあって、こうしないと彼と彼女は生きていけない。もう切羽詰っているわけです。改造してまで、身体というのは生きていかなければいけない力があるんだなと。そういうことが、この展覧会の1つのテーマです。最終的に、「マザーズ」があって「ひろしま」ですね。「マザーズ」から、実は、体はどこにもありません。要するに、体はもう消えてしまったけれども、住んでいた遺品たちがずっと提示されて、実は「ひろしま」も、この展覧会のためだけの、去年撮った写真が何点かあって、広島の「身体のゆくえ」というのが、これから私はもう一冊写真集をつくる予定なので、そのときにもっとはっきりします。

 内容より
≫ 個人的なこと
≫ 薔薇の写真について
≫ 写真表現について

≫ 「身体のゆくえ∞インフィニティー」について



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